東京高等裁判所 平成6年(行ケ)249号 判決 1995年9月12日
大阪市中央区西心斎橋1丁目13番21号
原告
協永産業株式会社
同代表者代表取締役
岸田種一
同訴訟代理人弁護士
濱﨑憲史
同
濱﨑千恵子
大阪市平野区加美東3丁目3番5号
被告
村上頼明
同訴訟代理人弁理士
藤本昇
同
石田耕治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成1年審判第18558号事件について平成6年8月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「盗難防止用ホイールナット」とする登録第766565号意匠(以下、この意匠を「本件意匠」といい、この登録を「本件登録」という。)の意匠権者であるが、被告は、平成1年11月7日、原告を被請求人として、本件登録を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は、この請求を平成1年審判第18558号事件として審理した結果、平成6年8月29日、本件登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は同年10月13日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1) 本件意匠は、昭和62年10月15日の出願に係り、平成1年4月25日に設定の登録がなされたものであって、願書の記載及び願書添付の図面によれば、意匠に係る物品を「盗難防止用ホイールナット」とし、形態を別紙第一に示すとおりとしたものである。
(2) 甲号意匠は、請求人(被告)が提出した本件意匠の出願前の昭和61年9月30日発行のカタログ「’87カー用品カタログ大集」(株式会社自動車産業通信社発行)第21頁所載の、上から2段目、左から2つ目の「AERO COVER LOCK(貫通タイプ)品番613、613B」として写真撮影された包装状態の3個のナットのうち下段左右に位置するナットの意匠で、意匠に係る物品を「盗難防止用ホイールナット」とし、形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。
(3) 本件意匠と甲号意匠とを比較すると、両意匠の意匠に係る物品は、ともに「盗難防止用ホイールナット」として使用されるものであるから共通し、形態については、次のとおりの共通点及び差異点が認められる。
すなわち、両意匠は、上半部の短円柱形を基調とする胴体部と、下半部の前記胴体部の径よりやや大きい逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、その中心上下に貫通ねじ孔を設けたものであり、胴体部においては、該外周面のほぼ上下にわたり、断面を台形状とした突条部を縦に8個配設し、挿入部においては、該上部周面に一定幅の垂直部を有している基本的構成態様が共通している。また、その各部の具体的態様についても、胴体部と挿入部との接続態様において、挿入部上部周面上端から胴体部各突条部の正面外側下端位置に至る周面部分を内方に向かう傾斜面(以下「垂直部周面上部の傾斜周面」という。)としている点、胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている点が共通するものである。
他方、差異点としては、各部の具体的態様としての胴体部と挿入部の接続態様において、前記垂直部周面上部の傾斜周面上端から胴体部の突条間周壁部下端に至る部分(以下「胴体部の突条部間溝底面」という。)の態様を、本件意匠は水平面としているのに対し、甲号意匠は前記垂直部周面上部の傾斜周面と連続した面一の傾斜面としている点、挿入部上部周面の垂直部の幅(縦幅)とナット本体の高さの比率が、本件意匠は約1:12であるのに対し、甲号意匠は約1:6である点、胴体部の突条部における台形状上面につき、甲号意匠は該台形状の上底の左右両端部が弛い弧状を有している点、そのことに伴い、甲号意匠は、突条部の正面と左右両側面との各稜線が弛い弧面状を呈している点において差異がみられる。
(4) そこで、これらの共通点及び差異点を総合し、両意匠を全体として考察すると、前記共通するとした基本的構成態様及び具体的態様は、両意匠の形態上の骨格を形成し、全体の基調を成すものであるから、両意匠の類否判断を左右する支配的要部であると認められる。
これに対し、差異点はいずれも類否判断を左右する要素としては微弱なものといわねばならない。すなわち、差異点中、まず、胴体部の突条部間各溝底面における傾斜の有無にみられる接続態様の差異については、正面視でその部位のみを観察すればその差異は視認されるものの、突条部間の溝底面という比較的目立たない部位であること、かつ、この形態を立体として観た場合、特に上方斜視の位置からは、両意匠ともに台形状切り込み凹面として視認でき、本件意匠の溝底面を水平面にしたことで生じる垂直部周面上部の傾斜周面との稜線も正面視で見た場合よりも目立たなくなり、甲号意匠における垂直部周面上部の傾斜周面と連続した面一の傾斜面とした態様により近い態様と看取されることから、その傾斜の有無がもたらす視覚上の効果は際立っているともいえず、これを意匠全体として観れば、限られた部位における傾斜面を水平面に変更したまでの部分的変更の域をでない軽微な接続態様の差異に止まり、未だ類否判断を左右する要因とはなり得ていない。次に、挿入部上部周面における垂直部の幅とナット本体の高さの比率にみられる差異については、該比率数値でみる限り垂直部の幅が甲号意匠は本件意匠の2倍の長さではあるが、これを形態全体としてみると、垂直部は、両者ともナット全体のほぼ中央部にあたる挿入部上部において、一定幅を有した周面として現された態様として共通し、その共通態様から醸成される強い共通感の中においての垂直部幅の長短差であって、視覚的には数値で示すほどの差異感を訴えるものではないから、その差異は形態全体への影響度も低く、結局、類否判断の要素としても小さいものといわざるを得ない。また、胴体部の突条部における該台形状上面の上底左右両端部にみられる弧状の有無、それに伴う突条部の正面と左右両側面との各稜線にみられる弧状面の有無についての差異は、甲号意匠の弧状及び弧状面について請求人が主張するように、この種物品は、最終的段階で研磨の工程を経るため当初ほどに鋭角的ではなくなるという通常よくみられることが原因として考えられ、意匠創作上必ずしも意図して形成された態様ではなく前記工程における必然的結果によるものとも解され、この弧状及び弧状面の度合もきわめて弛いこともあり、両者とも断面を台形状とした突条部であるという共通感に吸収されてしまうものであることを考え併せると、未だ両意匠の類否判断を決定付ける程の要因とは到底なり得ていない。
そうして、これらの差異点を総合しても、前記の基本的構成態様及び具体的態様の共通感を凌駕するものとは到底いえない。
以上のとおり、本件意匠は、甲号意匠と意匠に係る物品が共通し、形態においても、両意匠の形態上の骨格を形成し、全体の基調を成し類否を左右する支配的要部において共通するものであるから、前記差異点があっても、結局、甲号意匠に類似する。
(5) したがって、本件意匠は、意匠法3条1項3号の規定に違反して登録されたものであって、その登録は無効である。
3 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、「胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている点」が共通するとの部分は争い、その余は認める。同(4)、(5)は争う。
審決は、本件意匠と甲号意匠との類否判断を誤って、本件意匠の登録を無効としたものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 審決は、本件意匠と甲号意匠との共通するとした基本的構成態様及び具体的態様が両意匠の類否判断を左右する支配的要部であるとしているが、以下述べるとおり誤りである。
<1> 本件意匠や甲号意匠に係る、いわゆる「花柄ロック貫通タイプ」の盗難防止用ホイールナットには、ねじ孔が貫通していること、専用レンチの内周凹面とナットの外周凸面とをかみ合わせるために、ナット外周に突条部を設ける必要があること、かみ合わせ部分を探すのにスムーズに専用レンチを回転させるため、突条部の形態は、中心部より外周部の方を小さくし、レンチと接触する突条部の上部は外側を下方に向かって傾斜させる必要があり、その結果、突条部上面は下方に向け、また、内側より外側が小さな形にならざるを得ないこと、ナット下部の挿入部をホイールに設けられた孔に合わせてホイールを締めつけ固定するために、挿入部は規格に合わせた定型的な角度を持たせる必要があること(JIS規格により60°と定められている。)、挿入部上端はレンチのストッパーの役割を果たすために、胴体部よりやや外周を大きくとる必要があること、といった機能上の制約から必然的に生ずる形態が存するのであって、これらの形態は、この種のタイプに共通して採用されてきた形態であって、その意味で公知部分ともいえるものであり、意匠の要部とはならない部分である。
これに対し、突条部の個数、形、長さ、フランジ部分(挿入部と胴体部の接合部分)の「垂直部周面」の有無、垂直部分の幅(高さ)、フランジ部分上部を水平にするか、傾斜を設けるか、設ける場合の傾斜角度、傾斜面を突条部の外側下端位置で止めるか、各「突条部間溝底面」の奥まで連続させるか、といったことは、自由なデザインが可能であり、意匠の特徴的部分となり得るところである。
<2> 上記観点から両意匠をみると、審決において共通とされる基本的構成態様のうち、「上半部の短円柱形を基調とする胴体部と、下半部の前記胴体部の径よりやや大きい逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、」という構成、「その中心上下に貫通ねじ孔を設けた」という構成、「胴体部においては、該外周面のほぼ上下にわたり、断面を台形状とした突条部を縦に8個配設し、」という構成(ただし、突条部の個数は除く。)、及び、具体的態様のうち、「胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている」という構成は、いずれも機能上必然的に生じた形態であって、両意匠の特徴的部分と認めることはできず、意匠の要部ではないものというべきである。
<3> 審決は、「垂直部周面上部の傾斜周面上端から胴体部の突条間周壁部下端に至る部分(胴体部の突条部間溝底面)の態様を、本件意匠は水平面としているのに対し、甲号意匠は前記垂直部周面上部の傾斜周面と連続した面一の傾斜面としている」という差異点(以下「差異点<1>」という。)について、類否判断を左右する要因とはなり得ていないとしているが、本件意匠は機能面から大きく制約された形態の中でデザインが創作されており、「創作可能な部位」のデザイン上の差異を、機能上制約された全体形態に対比して観察し、過小評価することは許されない。突条部の溝底面の形態及びその斜角度を見るのに、「特に上方斜視の位置」のみを問題にして、「正面視」を軽視している点は疑問であるし、「台形状切り込み凹面」の形状も、甲号意匠は台形ではなく溝底面は平面でもない上、「上方斜視の位置」から見た形態も著しく異なる。
また、「挿入部上部周面の垂直部の幅(縦幅)とナット本体の高さの比率が、本件意匠は約1:12であるのに対し、甲号意匠は約1:6である」点(以下「差異点<2>」という。)について、審決は、「一定幅を有した周面」として共通的評価をしているが、全体が上下にきわめて短く作られている貫通タイプのホイールナットにおける比較としては相当でなく、他の部位のデザインと相まって十分な差異感を有するものである。
更に、「胴体部の突条部における台形状上面につき、甲号意匠は該台形状の上底の左右両端部が弛い弧状を有している」点(以下「差異点<3>」という。)、「甲号意匠は、突条部の正面と左右両側面との各稜線が弛い弧面状を呈している」点(以下「差異点<4>」という。)について、審決は、研磨工程上のものであり、意図して形成された態様ではないとしているが、本件意匠は、まさにこの点を意図的に目立たせたものである。突条部の形態の当初のデザインは、流れるような弧状あるいは波形の突起が多かつたが、本件意匠はあえて直線的、鋭角的、男性的突条形態を意図したものであり、この部分の形態は十分な差異感を有するものである。
上記のとおりであって、両意匠の要部は、上記各差異点にも存するものというべきである。
<4> 以上のとおりであるから、審決のした意匠の要部認定は誤りである。
(2) 本件意匠と甲号意匠とは、次に述べるとおり明らかに類似していない。
本件意匠は、挿入部上部にきわめて薄い垂直部とそれに続くわずかな傾斜周面を有する「台」の部分に、突条部を有する「胴体」の部分を乗せ、「二つの部分」を合体させたようなイメージを形成している。突条部の形態もすべて直線でカットされており、きわめて薄い垂直部、きわめて薄い傾斜周面と相まって全体としてシャープな幾何学的なイメージを形成している。
これに対し、甲号意匠は、挿入部上部の垂直部の縦幅が本件意匠の数倍も長く、その上に突条部間溝底面の奥まで続く、挿入部とほぼ同角度の反対傾斜面が対比されるように大きく続いており、挿入部と胴体部が、その中央に位置する幅広の「垂直部」を介して一体となり、接合部分は全体として角を丸く落とした「まろやかな中心部」を形成していて、「中央部を中心としたふくらみ」を持つ一つの球体をアレンジしたような全体的印象を形成している。突条部の形態も本件意匠と異なり、角を丸く落として「まろやか」なイメージとなっている。
平面図を対比すると、本件意匠の「冷たい幾何学的なイメージ」と甲号意匠の「温かいまろやかなイメージ」の対立は更に増幅されているといえる。あるいは、本件意匠が「挿入部」と「胴体部」をくっつけたマシーンメイドのようなイメージがあるのに対し、甲号意匠は、一刀彫りのように、一体の素材を凹部を丁寧に削り込んでいったようなハンドメイドのイメージを受ける。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1、2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1)<1> 審決が認定した基本的構成態様及び垂直部周面上部の傾斜周面と台形状傾斜面の具体的態様において、両意匠は共通するものであり、かつ、この共通する態様が両意匠を全体観察した場合に看者に与える支配的要部となるため、審決の認定、判断に何ら誤りはない。
この種ホイールナットにおいても、胴体部や挿入部、突条部などの基本的かつ具体的形態は必ずしも一定ではなく、各種形態が存在するのであるから、審決認定の共通点が機能上必然的な形態であるということはできない。<2> 差異点<1>について、この種物品において溝底面のみが水平か傾斜面かは、全体の胴体部と垂直部との接続形態において共通する傾斜周面の形態に吸収される結果、全体として評価すると、審決認定のとおり、微弱な差異にすぎないものである。
差異点<2>について、垂直部は両意匠ともナット全体のほぼ中央部にあたる挿入部上部において、一定幅を有した周面として現された態様として共通するため、垂直部幅の長短差は視覚的には数値に示すほどの差異感を与えるものではない。
差異点<3>、<4>について、両意匠を対比観察した場合には、両者とも平面台形状とした突条部が胴体部の外周面のほぼ上下にわたり縦に8個配設されているとの形態が看者に共通した印象として強く与えられるので、上記差異点はこの共通点に吸収されてしまい、類否判断を決定づける要素とはなり得ない。
(2) 原告は、本件意匠においては、胴体部を挿入部と垂直部からなる台上に乗せ、両者を合体させたようなイメージであるのに対し、甲号意匠は垂直部を中心に上下を傾斜面を有する「中央部を中心としてふくらみ」を持つ一つの球体をアレンジしたようなイメージであると主張するが、そのようなことはない。
両意匠における垂直部の幅の相違について、原告は、本件意匠はきわめて薄い垂直部と主張するが、本件意匠と甲号意匠は全体として観察すると、審決認定のとおり一定幅を有した周面として共通し、これが視覚的には数値に示すほどの差異感を訴えるものではない。
突条部の形態は、両意匠とも審決認定のとおり、断面を台形状とした態様で共通するものである。原告は、本件意匠の突条部は「シャープ」であるが、甲号意匠は「まろやか」であると主張するが、両意匠とも突条部の表面形態が垂直面であるため、正面視における印象は原告主張の如き印象の差とはなり得ない。
第4 証拠
証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(1)(本件意匠の出願日、登録日、意匠に係る物品及び形態)、(2)(甲号意匠の意匠に係る物品及び形態)については、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 本件意匠と甲号意匠とは、意匠に係る物品が共通し、「胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている点」が共通するとの部分を除いて、審決の理由の要点(3)に認定のとおりの共通点及び差異点が存することは、当事者間に争いがない。
本件意匠を示す別紙第一、及び甲号意匠を示す別紙第二によれば、本件意匠と甲号意匠とは、「胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている点」が共通しているものと認められる。
(2)<1> 成立に争いのない甲第3号証ないし第5号証、乙第1号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第7号証によれば、本件意匠の意匠登録出願当時において、自動車用ホイールナットの意匠には、上半部の短円柱形の胴体部と下半部の逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、その中心上下に貫通するねじ孔を設けたタイプのもの(貫通タイプ)と、上記胴体部に相当する部分の上部にこれより小径の円柱形の胴部(頭蓋部)を一体形成し、ねじ孔を貫通させないタイプのもの(非貫通タイプ)があり、胴体部の外周面の上下にわたり配設される突条部の形状や数も種々のものがあったこと(甲第3号証及び第4号証に記載の突条部は、断面が略半円形状で、その数は甲第3号証記載のものが7個、甲第4号証記載のものが6個であり、甲第5号証に記載の突条部は5個で、断面が略台形状であり、乙第1号証に記載のものは、胴体部外周面に若干の幅を残して6か所にゆるやかな凸部を形成しており、甲第7号証に記載の突条部は6個で、断面が略三角形状のもの、略台形状のものである。)が認められる。また、甲第3号証ないし第5号証、乙第1号証に記載されている挿入部上部周面の垂直部は一定幅を有しているが、甲第7号証には、幅のある垂直部(垂直部周面)を有しないタイプのものが記載されていることが認められる。
ところで、貫通タイプ・非貫通タイプの別、突条部の形状及び数、垂直部周面の有無は、この種物品における形態上の骨格、特徴を形成するものであり、その用途をも併せ考えると、取引者又は需要者は、その選択に際し、上記事項に特に関心を持つものと推認される。
したがって、本件意匠に接した取引者又は需要者が注意を引かれる部分は、「上半部の短円柱形を基調とする胴体部と、下半部の前記胴体部の径よりやや大きい逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、その中心上下に貫通するねじ孔を設けたものであり、胴体部においては、該外周面のほぼ上下にわたり、断面を台形状とした突条部を縦に8個配設し、挿入部においては、該上部周面に一定幅の垂直部を有している」とした基本的構成態様にあり、この態様に意匠の要部が存するものと認めるのが相当である。
<2> 原告は、本件意匠の上記基本的構成態様のうち、「上半部の短円柱形を基調とする胴体部と、下半部の前記胴体部の径よりやや大きい逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、その中心上下に貫通するねじ孔を設けたものであり、胴体部においては、該外周面のほぼ上下にわたり、断面を台形状とした突条部を縦に配設し」た構成は、いずれも機能上必然的に生じた形態であって、特徴的部分ではなく、意匠の要部ではない旨主張する。
しかし、意匠は、各構成部分を総合した全体的なまとまりとして視覚的に印象づけるものであるから、意匠に物品の機能上から必然的に生じる形態、あるいは公知の構成が含まれているからといって、それらの部分が看者の注意を引かないということはできないのであって、これらの部分を当然に意匠の要部から除外することは相当ではない。のみならず、上記のとおり、自動車用ホイールナットの意匠には、貫通タイプと非貫通タイプがあるから、「上半部の短円柱形を基調とする胴体部と、下半部の前記胴体部の径よりやや大きい逆円錐台形状の挿入部とを一体的に形成し、その中心上下に貫通するねじ孔を設けた」構成は特徴的部分といい得るものであり、また、胴体部に配設される突条部の形状も種々のものがあるから、断面を台形状とした点も特徴的なものということができる。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(3) 次に、本件意匠と甲号意匠とは、具体的態様において、「垂直部周面上部の傾斜周面上端から胴体部の突条間周壁部下端に至る部分(胴体部の突条部間溝底面)の態様を、本件意匠は水平面としているのに対し、甲号意匠は前記垂直部周面上部の傾斜周面と連続した面一の傾斜面としている点」(差異点<1>)、「挿入部上部周面の垂直部の幅(縦幅)とナット本体の高さの比率が、本件意匠は約1:12であるのに対し、甲号意匠は約1:6である点」(差異点<2>)、「胴体部の突条部における台形状上面につき、甲号意匠は該台形状の上底の左右両端部が弛い弧状を有している点」(差異点<3>)、「甲号意匠は、突条部の正面と左右両側面との各稜線が弛い弧面状を呈している点」(差異点<4>)で差異があるので、これらの差異点が類否判断を左右する要素であるか否かについて検討する。
<1> 差異点<1>について
差異点<1>は、胴体部の突条部間溝底面という、意匠全体の中にあって比較的目立たない部位におけるものであり、その態様も限られた部位における部分的変更の域を出ない程度のものと認められ、両意匠の類否判断を左右する要素と認めることはできない。
原告は、本件意匠は機能面から大きく制約された形態の中でデザインが創作されており、「創作可能な部位」のデザイン上の差異を、機能上制約された全体形態に対比して観察し、過小評価することは許されないなどと主張する。
しかし、この主張は、前記基本的構成態様が機能上必然的に生じた形態であって、特徴的部分ではないことを前提とするものであり、この前提が採用できないものであることは前記のとおりであるから、上記主張は失当である。
<2> 差異点<2>について
両意匠の垂直部は、挿入部上部において、一定幅を有し燗面として現された態様として共通しており、殊に、上記のとおり幅のある垂直部(垂直部周面)を有しないタイプのものもあることからすれば、垂直部の幅の長短差は、意匠全体の中にあって特に意識させられるというほどのものではなく、差異点<2>は、両意匠の類否判断を左右する要素であるとまでは認め難い。
原告は、差異点<2>は十分な差異感を有するものである旨主張するが、採用できない。
<3>差異点<3>、<4>について
差異点<3>、<4>に係る甲号意匠の形状は、両意匠に共通する、突条部の断面を台形状とした特徴的な形状にこ吸収されてしまう程度のものと認められ、差異点<3>、<4>は、両意匠の類否判断を左右する要素であるとまでは認め難い。
原告は、本件意匠はあえて直線的、鋭角的、男性的突条形態を意図したものであり、この部分の形態は十分な差異感を有するものである旨主張するが、上記のとおり突条部の形状には種々のものがある中で、両意匠の突条部は断面を台形状とした点で共通しており、これがもたらす共通感の中にあって、差異点<3>、<4>に係る本件意匠の形状は類否判断を左右するほどに特徴的なものとはま認められない。
(4) 以上のとおり、本件意匠と甲号意匠とは、意匠の要部である基本的構成態様において共通することに加えて、具体的態様においても、挿入部上部周面上端から胴体部各突条部の正面外側下端位置に至る周面部分を内方に向かう傾斜面(垂直部周面上部の傾斜周面)としている点、胴体部の突条部において、その上面を下方に向けた台形状傾斜面としている点で共通しているところ、上記のとおり、差異点<1>ないし<4>は類否判断を左右する要素とは認め難く、また、上記各差異点を総合しても、両意匠の基本的構成態様及び上記具体的態様がもたらす共通の美感を凌駕するものとは到底認められないから、両意匠は類似するものと認めるのが相当である。
(5) 原告は、本件意匠と甲号意匠とは非類似であるとして、本件意匠は、挿入部の上部にきわめて薄い垂直部とそれに続くわずかな傾斜周面を有する「台」の部分に、突条部を有する「胴体」の部分を乗せ、「二つの部分」を合体させたようなイメージを形成しており、突条部の形態もすべて直線カットされていて、きわめて薄い垂直部、きわめて薄い傾斜周面と相まって全体としてシャープな幾何学的なイメージを形成しているのに対し、甲号意匠は、挿入部上部の垂直部の縦幅が本件意匠の数倍も長く、その上に突条部間溝底面の奥まで続く、挿入部とほぼ同角度の反対傾斜面が対比されるように大きく続いていて、挿入部と胴体部が、その中央に位置する幅広の「垂直部」を介して一体となり、飴部分は全体として角を丸く落とした「まろやかな中心部」を形成していて、「中央部を中心としたふくらみ」を持つ一つの球体をアレンジしたような全体的印象を形成しており、突条部の形態も本件意匠と異なり、角を丸く落として「まろやか」なイメージとなっている旨、平面図を対比すると、本件意匠の「冷たい幾何学的なイメージ」と甲号意匠の「温かいまろやかなイメージ」の対立は更に増幅されているということができ、また、本件意匠が「挿入部」と「胴体部」をくっつけたマシーンメイドのようなイメージがあるのに対し、甲号意匠は、一刀彫りのように、一体の素材を凹部を丁寧に削り込んでいったようなハンドメイドのイメージを受ける旨主張する。
原告の上記主張は、本件意匠と甲号意匠との差異点<1>ないし<4>に係る構成を主として取り上げて対比しているものであるところ、上記各差異点はいずれも両意匠の類否判断を左右する要素とは認め難いものであることは、前記説示のとおりである。
また、本件意匠と甲号意匠との対比において、原告が主張するようなイメージあるいは全体的な印象の差が形成されているとは認め難いが、少なくとも、本件意匠が甲号意匠の類似範囲にあることは否定できないものというべきである。
(6) 以上のとおりであって、本件意匠は甲号意匠に類似するとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙第一 本件登録意匠
意匠に係る物品 盗難防止用ホイールナツト
<省略>
別紙第二 甲号意匠
<省略>